かけら花火

「それで、お前はカメラと被害者の所持品を盗んだことを認めるんだな?」

容疑者Xは黙って頷き、その罪を認めた。Xは目を見開いているがうつむいており、唇は何かを言いたげそうに動いている。

「何か言いたいことがあるんじゃないのか」私は語気を強めて問いただした。夏の夕陽が差し込む取調室に、私の声が響く。またしても無言で、Xは首を横に振った。

 

 その時、私は二日前に開かれた夏祭り会場で起きた事件の対応をしていた。花火大会の会場で若い女性のハンドバッグが盗まれた。置き引きだった。犯人は42歳の男性X。言葉数は少なく、通常のように私は、犯行動機から取り調べを始めた。

「なんだって女性の物を盗んだんだ。金か」すると、しばらく無言が続いてから「違います」とXは答えた。フゥーっと大きく息を吐き、彼は犯行動機を語り始めた。

 

「私には9歳になる息子が居ります。昨年の暮れからずっと、病気で入院しておりまして」そこで彼は口をつぐんだ。私は未婚なのでよく分からないのだが、子供というのは本当に愛おしい存在なのだろう。そうであれば尚更、親として恥ずかしくない行動を心がけるべきじゃないのだろうか。私は、Xが子持ちであることを知り、この男を情けなく思った。

 

「それと物盗りの間に何の関係あるんだ」と私は言い、Xはそれまでうつむいていた顔をあげた。「息子に見せてやりたかったんです。花火を」と言った、「本当なんです。信じてください」そう言った時、Xの喉元が上下し、拳が小刻みに震えているのを私は見逃さなかった。確かに、その動機は本当なのだろう。しかし、信じるも何も、他人の所有物を盗んだことが罪であることに変わりはない。その理由によって彼が無罪になるとも思えない。

 

「どうやって入院している息子に花火を見せるんだ?」と私は訊いた。Xは鼻で笑うように息を少し吐き、「カメラですよ。あの女の子は、荷物を地べたに置くまでずっと、空の方へレンズを向けていました。その写真を見せてやりたいなと思ったんですよ」

被害者の所持品には、一眼レフのカメラが含まれていた。「現像してみたら、笑ってしまいましたよ。だって、映っているのは真っ黒な空だけなんですから」私は呆れてしまい、黙って聞いていた。

「だから、息子にみせる花火が無くて、次の手を考えたんです」先ほどまでの俯き気味で緊張した顔とは打って変わり、Xは得意気に語る。「紙とペンを貸していただけますか」と言われ、私は仕方なく鉛筆とわら半紙を彼に手渡した。変なことをされては困るが、次の手というのに興味があった。

 

「この紙が写真です。これらをつなぎあわせます」頭の中の想像では、真っ黒な空が広がっていく。「その空に、絵具やスプレー等で絵を描いていくんですよ。女の子が写真を撮るように、絵に関して僕はヘタクソですが」と、Xはくつくつ笑いながら言う。

「ふざけるな!」私の手は机の堅いせいでじんじんと痛み始めた。同時に、頭の中では華々しく打ちあがる花火の絵が出来上がっていた。

 

 

その頃、私には交際して2年になる恋人が居て、ギクシャクしていた。彼女は、イラストレーターになる夢を抱いている。

夏祭り会場で告白をし、「付き合ってもいいよ」と言われた時のことをよく思い出す。好きな人に思いが届いたとき、それは天にも昇る心地で「た~まや~!」と叫びたくなったものだ。

それから私たちは、幾度もデートを重ね、同じ夜を過ごした。一つ一つの記憶が今、頭の中に広がった夜空に華々しく花火のように打ちあがって蘇る。

「私と仕事、どっちが大事なの?」と、言われるようになったのはつい最近のことで、まさか本当に、そんな台詞を言われるなんて考えたことも無かった。

「君のほうだ」今なら、そう言える。「ありがとう」とXに礼を言い、僕は取調室を飛び出した。勤務中だが、そんなことは関係ない。

楽しかった頃の思い出が花火になって打ちあがっていく。スターマインに菊と牡丹。それらは欠片になって、僕の身体に沈み込んでいく。頭上には陽が沈み切った空が広がっていた。

 

同棲している部屋に着くやいなや、私は彼女の腕を掴んだ。「え、なあに?」と戸惑う彼女を、外に連れ出した。夜風に乗った彼女の匂いは懐かしくさえ思えた。

「君のほうだ」と私は言った。「え、なあに?」と彼女は言う。「君のほうが大事。仕事よりも」と言うと、彼女は、何を今更言っているのよ、とでも言いたそうな顔をしていた。

「僕はこれからも君が描く絵を見続けたい。そして、一緒に思い出を描いていきたいんだ。だから、結婚しよう」言いきった勢いで彼女を抱きしめた。返事が無い。けれども声が微かに聞こえる。それは言葉にならず、僕の肩に雫となって降りてきた。

 

ヒュ~、パーン。と音が鳴る。どこかの家からか、子供の声で「た~まや~」と陽気に叫ぶ声が聞こえた。僕と彼女は共に空を見上げる。これからも思い出を描いていくために。

 

(了)

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